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心に残していけるもの。 [ナースの宝箱]

しかし、数ある職業の中でも私たちの職業は人が亡くなる瞬間を見届けることが多い職業なのだと、あらためて思う。

その人がどんな人生を歩み、どんな生き方をしてきた人なのか。
入院されてきた時点で、その方がお話のできない状態の場合には、周りの人の思い出話や、面会に来られる方々、身の回りのものからの、おおよその推察しかできない。

全く縁もゆかりもない私たちが、そんな亡くなる患者様の傍で一緒に看取らせていただいたくということは、本当にどんな偶然で、貴重な体験なのだろう。

人は皆、生きてきたように死んでいくのだ、という。
言葉を変えれば、その人の亡くなり方がその人の生き様を語っているということ。
それが本当かどうかは、まだ私にはわからないけれど(自分の身近な人の死に遭遇していないので。)今朝、空へ昇って逝ってしまった患者様はそうだったのだろう。

家族みんなに好かれている方だった。
状態は極めて悪いながらも横ばいで、付き添っている方と話しながら様子を見ていたが、朝方一気に心拍数が落ちたので、連絡を入れてもらった。
熱心に交代で付き添っていたので、間に合ってほしいという思いだった。
家族が連絡を入れる際に、「焦って運転して事故を起こすといけないから、くれぐれも気をつけてきてほしい」と伝えてもらった。

呼んでいる他の家族が来るまで、止まりかけていた心臓も持ち直した。
家族が呼びかけると、ずっと聴くことのなかった声を出し返事をされていた。
「看護婦さん、じいちゃんに聴こえてるよね?届いてるんだよね?あんなにさっき危なかったのに」
「必ず聴こえてますよ。ちゃんと聴いてくれていると思いますよ。」というと悲しむよりも懸命な声かけをしていた。

「じいちゃん、孫ができたんだよ。明日報告に来る予定だったんだよ、直接言いたいからって言ってたよ。」
待っていた残りの家族も間に合った。いや、それまで待っていたんだと私は思った。
もう息をしていない時間の方が長いけれど、それでも呼びかけに反応し呼吸する。
「待っててくれたんだ。こんなに苦しいだろうけど、それでも生きようとしてる。これがじいちゃんの生き様なんだ。ちゃんとみんなで見てるから。」

そんな家族の様々な声かけややりとりを聞いて、最後に関わらせていただけたことに感謝をしながら、涙が浮かんでどうしようもなかった。
自分の亡くなるときになお、心に残していけるものがある。
そんな家族の姿を、私は忘れない。
私がいつか逝くときにも何かを残せる人間でありたい。


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コメント 17

kyao

お久しぶりです。ひなさんのブログ、1日に一度はかならずお邪魔していましたが、久しぶりの更新が嬉しく、レスを付けさせていただきました。(^^)
最近、私のブログも「XXさんが亡くなられた」という記事ばかりで、少々気が滅入ります。夏の前後、冬の前後に多いと聞きますが。
逝ってしまわれる方。残って生を引き継ぐ方。きっとそれぞれにたくさんの思いを紡いでいるのだと思います。残念ながら私は子供に恵まれないようですが、看取ってくれる人がいるなら、せめてその人たちに悲しい記憶ばかりでないものを残したいと思っています。
by kyao (2006-12-02 14:53) 

kiyo

>私がいつか逝くときにも何かを残せる人間でありたい。
心から同感。
by kiyo (2006-12-02 17:34) 

ひな

> kyaoさん、 kiyoさん
お久しぶりです。一年半ぶりでしょうか。
覚えていてくれたんですか? びっくりです。
なんだかバタバタで書けないうちにずいぶん変わっていて。
私はみなさんのところにコメントを残さなかったけど、おじゃまして時々読ませていただいていました。
書きながらも涙でしたが、心から辛さ・重みを吐き出すために書くことってやっぱり私には欠かせないみたいです。
書かない間は旦那さんがいつも聞かされていたような・・・
by ひな (2006-12-02 17:50) 

norinori

ご無沙汰しております。
ご家族の方々の思いがおじいさまに通じたような感じが読んでいて、
非常に感じがして、心に響くものがありました。
何を残しているのかはまだまだ自分にはわかりませんが、何かを残していける
ように毎日毎日一生懸命生きていかないといけないですね。そうすれば、
何か一つでも残せると思いました。
by norinori (2006-12-02 18:04) 

ひな

>norinoriさん
文章の中で、「人は皆生きてきたように死んでいくのだという」と書きましたが、私の中では突然の事故に巻き込まれたり、幼い命が理不尽に奪われたりする事件もあるので、すべてがそうではないと思っている部分もあります。
ただ、その日がいつ来るのかわからない分、何が残せるのか、いつも懸命に生きるだけなのだと思っています。毎日の嬉しいこと・辛いことを一つ一つ乗り越えながら。
by ひな (2006-12-02 21:11) 

アキオ

おひさしぶりです。。
ぬはは、ダレも忘れてませんって。。

にしても、、やはり命の紡ぎだす毎日は、
二つとない経験になりますよね。
同じ経験もありませんし。。
by アキオ (2006-12-03 00:21) 

GEN11

お久しぶりです。
最近ワタシも知人を何人も亡くしているので、いろいろと考えさせられます。
「生きてきたように死んでいく」
なるほどとも思いますし、そうかな?とも思いますね。
意味的には「死ぬ時(死に方)にこそ、その人の人生(生き方、人となり)が強く表れる」ということなのではないか、と個人的には思います。
そのための、最後の瞬間のための、長い人生なのかもしれません。
逆に、だからこそ、その人らしい死に方を勝手に奪ってしまう事故や殺人、それらがいかに許されないことなのか。
それに気づかない人が多すぎますね。
そんなこんなで落ち込んでいた時期は、ひなさんのblogを覗いては癒されておりました。
ありがとうございます。
by GEN11 (2006-12-03 07:18) 

ひな

>アキオさん
忘れずにいてくれる方もいるんですね。本当にびっくりです。
だって1年半ですよ。
放置したまま、書くこともないまま開きっぱなしのBLOG。
でも、私には覚えている名前ばかり。
なんだか心が温まりました。
>GEN11さん
なるほどとも思いますし、そうかな?とも思いますね。~そうなんです。
GEN11さんのコメント、まさにそうそう、って思いました。
大切な人、人生の中で同じ時間を共有した人の命の灯火が消えていくのが
年を追うごとに増えていくのはものすごい喪失感なのでしょうね。
私はまだ身近な死が患者様ばかりなので、なんとも言えないですが、高齢の方が生きがいにしていたり心の支えとしていたパートナーが亡くなった後がいつも気がかりでなりません。
癒しになっていたというお言葉、もったいないですが、BLOG閉じなくて良かったなって今思っています。
by ひな (2006-12-03 22:19) 

nal

おはようございます。
アップされていてビックリしてしまいました。
ワタシも「死」には縁遠いですが、やはりそうやって惜しまれつつ死にたいかな。
少なくとも家族に対してはそうですね。
我が家は家族がさらに増えてるんですが、
やはり「生」を受けた時と同じくらいの感情を持って看取ってもらえる自分でありたいですね。
by nal (2006-12-04 11:22) 

素人写真

懐かしく拝見しました。
私の妻は父親の死に間に合いませんでした。
義父がどんな思いの中で息を引き取ったのか,時々考えます。
by 素人写真 (2006-12-04 19:11) 

ひな

>nalさん
アップして気づいてくれるのが感動です。
私は赤ちゃんまだなんです。お薬を飲んでいる関係で妊娠禁だそうで。
明日採血なので、結果が良くて薬をやめれることを願ってる次第です。
早く欲しくて・・・
nalさんのブログ、写真いつも見てるんですよ。
お子さん大きくなりましたよね(^-^)
by ひな (2006-12-04 21:09) 

ひな

>飛行機雲さん
私も遠く離れているので、親の死に目に会えないかもしれません。
逢うたび小さくなっていく(ように感じる)両親が気がかりです。
ただ、死に目に逢えなくても想いは届いていると信じたいです。
実際に今回のように間に合わない方もいます。
それでも、想いが届いているんだと思わないとやりきれなくなるので。
by ひな (2006-12-04 21:13) 

Peko

ひなさん、こんばんは♪お久し振りです。^^
看護師さんというお仕事、本当に素晴らしい職業だと思います。
私も仕事柄、訪問看護師さんの仕事ぶりを目の当たりにすることがあるのですが
実に頼りになります。頭が下がります。
そして私の身内が今、病院でお医者さまや看護師さんたちにお世話になっています。感謝です。

仕事で関わった80代の方が、私が食事介助をさせてもらった時に突然
唐突に私に「ありがとう。」とおっしゃったので、「いえいえ、私は何も・・・」と言うと
「あなたにも、ありがとう。」と言われ、その翌日、天に召されていきました。
その方は婦長さんもされてた元看護師さんでした。
私にも多くのことを残してくださいました。見習いたい最期でした。

看護や介護に携わる人には
自分のものではない苦痛を見つめる事ができる強さ、
そのことから受ける自分の苦痛を消化できる力が必要・・・
ということを私に教えてくれた友人がいます。
彼女も今も現役の看護師さんです。

ひなさんも、すでにこうしてみんなの心に何かを残してるんですよね。
そしてそれはやがてその時を迎える瞬間まで続くのでしょう。。。
by Peko (2006-12-05 23:33) 

ひな

>Pekoさん
お久しぶりです。
元気に仕事を続けられているようで何よりです。
その亡くなられた方の最期もすごいですね。
ありがとうの言える最期っていいなって思います。
どんな病気であっても、勇気もいるし、心の葛藤もあるだろうけど、
自分の人生の幕を閉じるだけのチャンスは欲しいなって思います。
なので、告知はしてね、って旦那さまにもいつも言っています。
旦那さまも同じ意見です。
by ひな (2006-12-06 07:56) 

おわぁ~~~~!!
こんにちは!!
RSSにひなさんのお名前っ!飛んできました!
びっくり&嬉しいです☆

僕が診療所で働いていたときには、患者さんの人生の最後の部分をご一緒できるというのは、心が暖かくなるときもあれば、寂しい思いでいっぱいになるときもあったりして、みんな幸せな最後の時間を過ごせたらいいのになと、思っていました。
by (2006-12-08 16:33) 

sumeru

お帰りなさい!(^o^
皆さんと同じく、RSSで表示されていてびっくり!しました~。(^^
コメントの順番が逆になって、すみませ~ん。
またこれからも、ブログ拝見させてもらいますね~。v(^^

臨終の場に立ち会ったのは、父の時だけです。
もう、7年経ちました。。。その時の記憶は薄れて来ましたが、思っていたより慌てなかったように思います。
家族みんなが、覚悟を決める時間が沢山有ったことと、早く苦しみから解放してあげたいという思いが一杯だったからかなと、思います。
by sumeru (2006-12-08 18:26) 

ひな

>スナフ さん
RSS消してなかったんですか?BLOG放置したくせに、消せなかったのは何より自分の看護の場面の記録があるからなのかもしれません。他のどんな項目より、「ナースの宝箱」だけはなんか自分の中ではやはり宝物で・・・
ソネブロかなり変わったのでついていけていないですが、変わらないみなさんが来てくれたことが私にはびっくりです。ありがとです。
>toさん
ブログクルーザーの方のお友達登録?返事返し登録しましたよ。
ブログクルーザーって何かがいまいちわかっていないのです。
何か間違いあればおっしゃってくださいね。
お父様の臨終の場の立会い、記憶が薄れるということはよい最期だったのだと思います。いやなことって忘れないものですから。
こちらこそこれからまたよろしくお願いします。
by ひな (2006-12-08 19:44) 

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